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集団ストーカーと電磁波攻撃Ⅱ【自分用のデータ保存】

こちらのサイトはあくまで私的なものです。 自分用のデータ保存のためのブログです。

多くのステキな人々が、最後に漏らす言葉に、 「他人からどれだけ感謝をされたか」 「もっと、人に喜ばれる事をしたかった」 が、共通して有るわけです。でも、今の自分は社会の隅に隠れており、他人に感謝をされる機会も仕事も無いと思う人が居るかも知れません。 でも、見る人々を心中で励ますこと、暖かい視線で見てあげることは出来ます。 自分が苦しい環境だと、見る人々を心中で罵倒している人も多いわけです。 でも、これでは自分が良く成れるはずが無いのです。 先ずは、自分が、他人を暖かい視線で見ることから始めることです。 いつか自分も、暖かい視線で「見られる」人に成るかも知れません。 先ずは、自分から変わることなのです。自分から始めることです。 この繰り返しの波が、多くの人々に伝染しますとステキなことに成ります。 仕事をしている人は、他人を喜ばす、他人に喜ばれる、機会ばかりです。

結局、他人からどれだけ感謝をされたか?なのかなと思うこと
2015-08-31 11:04:12 | Weblog
(読者)
大好きだった叔父は末期で自宅療養してた時、
「結局、“他人からどれだけ感謝されたか”、なのかなと思う」
って言っていたのを思い出します。
お寺でお葬式をしたのですが、スッキリとした美しい葬儀であり、最後まで本当に素敵な叔父さんでした。

(感想)
末期症状の叔父様が、なにげなく漏らされた、結局、自分とは人間とは、
“他人からどれだけ感謝をされたか?”
がすべてであるという感想。

くしくも、アクション俳優であり、暴力シーンが有名だった男優さんが、病床の最後に言った言葉も、
「もっと、他人に喜ばれる事をしたかった」
「もっと、出来たはずだ」
でした。
病院生活の中で死を静かに見つめた時に、思わず出て来た言葉だとされています。

多くのステキな人々が、最後に漏らす言葉に、
「他人からどれだけ感謝をされたか」
「もっと、人に喜ばれる事をしたかった」
が、共通して有るわけです。


このことに、コノ世が出現している意味を、私たちは汲み取らなければ生けないと感じます。
人類に共通した真理が、そこには在るわけです。
「他人に喜ばれる行為」=「“本当”の自分を喜ばす行為」
他人に喜ばれることは、自分自身を「育てる行為」にも霊的に成っています。

でも、今の自分は社会の隅に隠れており、他人に感謝をされる機会も仕事も無いと思う人が居るかも知れません。
でも、見る人々を心中で励ますこと、暖かい視線で見てあげることは出来ます。
自分が苦しい環境だと、見る人々を心中で罵倒している人も多いわけです。
でも、これでは自分が良く成れるはずが無いのです。

先ずは、自分が、他人を暖かい視線で見ることから始めることです。
いつか自分も、暖かい視線で「見られる」人に成るかも知れません。
先ずは、自分から変わることなのです。自分から始めることです。
この繰り返しの波が、多くの人々に伝染しますとステキなことに成ります。


仕事をしている人は、他人を喜ばす、他人に喜ばれる、機会ばかりです。
家庭の家事や育児や介護も同じです。
コノ世で大きな「善徳貯金」を成す大きなチャンスです。
この善徳貯金だけが、自分の死後にも持参ができ、アノ世では10倍に倍加します。物凄い有利な利子です。
それだけ、コノ世で良きことを成すのは難しいという裏返しでもあります。

この善徳貯金が、来生の自分の環境と幸運を決めて行きます。完全に公平な法則です。
これを管理する閻魔ノート(アカシック・レコード)には、一切の狂いは生じません。完璧なのです。
私は前回の人生では、大きな善徳貯金を持つことが出来たようです。そして、今生を一から始めている最中です。
コノ世は本当に厳しい世界でもあり、最後まで気が抜けないと毎回思います。

すべては完璧に「既に救われている」という無知な有料先生がいますが、そういう人ほど大変な霊的借金を今生で蓄積中です。死後に「アレッ?」と成ることは確実です。
このような仕組みを出現させている大いなる1つなる存在への感謝と、畏敬を忘れては生けません。
誰もが今も、白紙の中を挑戦中であり、最中・ingであることを忘れては生けません。

だから良きことをした方が良いのです。
他人に喜ばれる事をした方が良いのです。
する必要が有るのです。
自他ともに良く成ることを目指すことが大切なのです。

(伊勢白山道)
  1. 2015/08/31(月) 12:59:56|
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