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集団ストーカーと電磁波攻撃Ⅱ【自分用のデータ保存】

こちらのサイトはあくまで私的なものです。 自分用のデータ保存のためのブログです。

睡眠に落ちている時以外は、 無限に広がるような大きな愛情(慈悲・情け心)を思いつつ、 いつでもこの愛情の中に、自分の心を住まわせるようにしましょう。


自分の心を住まわせる場所に注意を
2018-07-11 11:14:44 | 釈尊の言葉 スッタニパータ編
立っている時も、
歩いている最中も、
座っている時も、
横になってくつろぐ時も、

睡眠に落ちている時以外は、
無限に広がるような大きな愛情(慈悲・情け心)を思いつつ、
いつでもこの愛情の中に、自分の心を住まわせるようにしましょう。


仏教の教えとして、この状態こそが、梵(ぼん:宇宙の法則)に住む最高の心境なのです。

(原始仏典 釈尊の言葉 スッタニパータ編 第1章8節-No.151)

(感想)

果たして人は、自分の心を住まわせる場所を、自分で選択が出来るのでしょうか?
釈尊は、それが出来ると仰っています。
しかも、それが宇宙の法則に従った、最重要なことだと指摘されています。

考えて見ますと、自分の心をどこに置くのか?人は意識をしていません。
私達は、自分の感情のおもむくままに今日も、
・ ああ、仕事が嫌だ。
・ 学校に行きたく無い。
・ あの人に腹が立つ。あの人が嫌いだ。あんなことを言われた。
・ 今日も元彼のことを考えてしまう。

などなどと、自分の心を、ある特定の場所に確かに置いているのです。
今日も、怒りの世界に心を置くのか? 色情の世界に今日も心を置くのか?
妬みの世界に自分の心を置くのか?
知らず知らずのうちに、人は色々な世界に、自分の心を置いています。

そこで釈尊は、
・ 無限に広がるような大きな愛情(慈悲・情け心)の思いの中に、自分の心を住まわせるようにしましょう。置きましょう。

と提案されています。
そして、この状態に心を住まわせることが、仏教における最高の梵の境地、涅槃(ねはん:天国)に生きながら住む状態だと指摘しています。


この雑多な欲望と色情の社会の中でも、人は自分の心だけは、愛情という慈悲の世界に住むことが可能なのです。
自分の心は慈悲(思いやり)に住んだまま、この社会の中を歩いて行きますと、どんなダメな人を見ましても、
・ 毛嫌いする気持ちに成れません。
・ それも、仕方がない、と思える。
・ 大きな視点で、眺めることが出来る。
・ 自分の心が、影響を受けることがありません。


さあ今日も、皆さんはどんな心境に自分の心を住まわせるのでしょうか?
色々な感情の世界に、人は自分の心を置くことが自由に出来ます。
それが、怒りの世界で無いように、
ただ心配だけをする世界では無いように、
出来れば愛情や思いやりの世界に、自分の心を置きたいものです。

これが出来ない場合は、
・ 無心で、行動に専念することが大切です。
・ 動いていれば、行動していれば、漏電する心配を抑えることが可能です。

とにかく今日は、
・ 自分の心を置く場所を選択するべき。
・ それを意識したほうが良い。
という指摘を参考にして頂ければ、幸いです。

これは、悪い憑依を避けることにも成ります。
人間は一時的にでも、自分が思っている最中の世界に住んで居る。
これは重要なことなのです。

(伊勢白山道)
  1. 2018/07/11(水) 19:21:12|
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