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集団ストーカーと電磁波攻撃Ⅱ【自分用のデータ保存】

こちらのサイトはあくまで私的なものです。 自分用のデータ保存のためのブログです。

多くの人が、過去の自分が経験した記憶で苦しんでいます。 そのために、今の貴重な時間を浪費しているかも知れません。 だから、神様の大きな脳へと、早く嫌な記憶だけをわたせば良いのです。 そして、良い記憶だけを抱えて生きれば良いです。


集団で神様の記憶データを創って納めている最中
2018-08-27 10:45:32 | Weblog
知人との会話で、

・ 同居をする知人の親は、生まれ故郷を離れて長年暮らしてきました。
・ 故郷の墓参りをしたいと、何度もお願いをするように言われるそうです。
・ 親は、100歳に近い年齢であり、車椅子での移動がやっとの状態。

・ 知人は、知り合い2名に日当を支払い、運転手とサポートをして頂きながら親を含めて4名で、2泊3日の旅行のような墓参を行いました。
宿泊代も含めて、かなりの費用が掛かった墓参になりました。

・ ところが無事に帰宅した1ヶ月後、親は故郷の墓参りをしたいと、また繰り返し言うようになりました。
・ 墓参りをして来た記憶を、もう忘れてしまっていたのです。
・ せっかく大金を使って墓参りをした知人は、あ然としました。

知人は、これでは何度墓参りをしてもムダだと笑っていました。
人間の記憶とは、いったい何なのでしょうか?

私達も、あれが欲しい、あれに乗って見たい、あの国へ行って見たい、こんなものが食べたい、と色々な欲求が有るものです。
でも、実は自分が忘れているだけで、先月に自分がそれを体験している可能性を否定できるのでしょうか?

自分の欲求を叶えましても、その記憶が無ければ、飢餓状態は継続する訳です。
例えば、1時間前に食べた記憶を無くした老人は、更に食事を欲しがる現実も有ります。

すべては記憶だけの問題だった。
では、脳が満足をすれば、実際の行動をしなくても、人は満ちたりてここに存在することが可能だと言えるのでしょうか?

ここで今回の墓参の記憶について考えますと、老女の記憶は無くても、周囲のサポートをした人々には、墓参旅行の記憶が残っています。
老女の代わりに記憶をしています。
老女の希望が始まりとなり、実現した墓参旅行の記憶は、周囲の人々だけに残る訳です。

ここでパソコンの話になりますが、
・ パソコンには「データ共有」という、1つのデータを複数の端末で利用すること。
・ 入力を行ったパソコン(老女の脳)にはデータを残さずに、別の場所に在る「データ共有」に記憶を残す。
こういうことが行われています。

このことを考えますと更には、
・ 私達人類は、集団で大きな1つの記憶(神様の脳)を作っている最中の可能性。
・ 私達が記憶とは一人ひとりのものだと思い込んでいるだけであり、実際には大きな1つの脳(神様の記憶)へと記憶が吸い上げられている可能性。

その結果、1つの大きな脳(神)の記憶において、善悪の配分の比率が「今回の人類は」どうなのか?
悪い記憶が多くなりそうな今なのか? 良い記憶が多くなりそうな今なのか?
今の私達に懸かっています。


多くの人が、過去の自分が経験した記憶で苦しんでいます。
そのために、今の貴重な時間を浪費しているかも知れません。
だから、神様の大きな脳へと、早く嫌な記憶だけをわたせば良いのです。
そして、良い記憶だけを抱えて生きれば良いです。


神様の善悪の記憶配分は、自分の死後に良い思い出の記憶をわたすことで、許されます。
自分の嫌な記憶データを、天に昇華させましょう。

記憶だけの問題だった。

でも良い記憶は、行動(=入力)を伴わないと残りませんから、今を頑張りましょう。

(伊勢白山道)
  1. 2018/08/27(月) 12:58:15|
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