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集団ストーカーと電磁波攻撃Ⅱ【自分用のデータ保存】

こちらのサイトはあくまで私的なものです。 自分用のデータ保存のためのブログです。

大きな神様の前では、自分の細かい願いなどは言わなくても叶うのです。それも、すべて丸ごとです。 ただし、自分だけのこと、を願う人はダメなのです。だからもうテクニックとして、作法として、神前では「何か全体のこと」を素直に思っているのが最善です。 それが良い内容ならば、伏せていた自分の願いは勝手に自然に叶えられて行くのが、正神の現れ方です。交換条件も有りません。

素直って、いいなあ〜〜
2018-11-15 11:46:46 | Weblog
素直(スナオ)とは、お得(善徳)だなと今朝に思いました。
素直の意味は、
・ ありのままであること。
・ 飾り気のないさま。
・ 穏やな性質・態度で、ひねくれていないさま。
・ へそ曲がりでは無いこと。

素直の漢字を観ていますと、
・ 素に直面すること。
・ 素に向かい合うこと。
と浮かびます。

ここで、「素=神様」と読み替えますと、素直とは
・ 神様と、直に向き合うこと。
・ 素直に成るほど、神様に近付く。
・ 素直とは、神様に直接に会うことに至る。
このように感じます。

だから神社に参拝する時も、素直に手を合わせることが大切です。
参拝する時に、神様に色々な私的な頼みごとを聞かせるのは、素直な参拝でしょうか?
素直どころか、油ギトギトな思いを捧げています。
これでは叶う訳がありません。

・ 正神に対して、素直に成って、生かされて来たことを感謝します。
・ これからも、精一杯に生きることを、神様の前で思います。
このような参拝だけで、もう十分です。

ただ、日本のすべての神社の親神である伊勢神宮に参る時は、もう1つ、特別な思い方の参拝方法が有ります。
外宮、内宮、に参拝する時は、
・ 私は、多くの人々のために成ることをしたいです。
・ 私は、日本と、地球のために良いことをしたいです。


私が大学生の頃に、このような4つの思いで内宮に参拝した時に、「分かった」という思いが返って来たことが有りました。

今でも内宮に参拝しますと、多くの参拝者一人ひとりに、福よかな女性の声で、
「あなたは、何をしたい人なの〜?」
「国のために、何をしてくれる人なの〜?」
と呼びかける様を幻聴します。


大きな神様の前では、自分の細かい願いなどは言わなくても叶うのです。それも、すべて丸ごとです。
ただし、自分だけのこと、を願う人はダメなのです。

公平な正神が、個人欲に加担する訳は無いのです。

個人欲に加担するのは悪魔だけです。ただし、高金利です。
後から必ず高額な請求書が来ます。
家族も含めて、取れるものは何でも持って逝かれます。

だからもうテクニックとして、作法として、神前では「何か全体のこと」を素直に思っているのが最善です。
それが良い内容ならば、伏せていた自分の願いは勝手に自然に叶えられて行くのが、正神の現れ方です。交換条件も有りません。


素直であれば、上記のようなテクニックも不要です。
善意の気持ちで、ただ南無阿弥陀仏、ただ南無妙法蓮華経、ただ大祓詞を奏上すること。
ただ、「生かして頂いて 有り難う御座います」と神前で思うこと。
素直な気持ちで思えば、1つなる創造神に通じます。

これから水晶のような世の中が始まります。
膿(ウミ)を出すべきならば、隠れていた膿が出ることでしょう。

正神に感謝だけの参拝をした後に、もし破談になることがあれば、それが最善だったと後から分かります。
出るべき病気があれば、早めに出ることでしょう。

すべては最善に向かうための、大峠が来年から始まります。
その中に在っても、素直であれば、すべては自然と通り過ぎます。
素直のスは、スサノオ神の素です。すべてを祓い清めます。
素直に成って生きて見ましょう。

(伊勢白山道)
  1. 2018/11/16(金) 22:55:44|
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<<・ 苦痛も、悪い意味だけでは無いこと。 ・ 自分の執着を断ち切らせる、大いなる恩寵(おんちょう:神様からのプレゼント)である。 ・ ただの苦痛は一切なくて、すべて善意で起こることである。 人間に起こることに、一切の無駄は無さそうです。 神様がなさることは、どこまでも完璧だったのです。 もし今の仕事が苦しければ、家庭が苦痛ならば、勉強がイヤイヤならば、 その苦痛も自分の何かを昇華・消化・解放させるためであり、未練を絶つためであり、 一切のムダは無いことを信じて欲しいのです。 | ホーム | 気が抜けない仕事とは、まさに信仰であり、それを行う人は修行者なのです。 そして老子は、代表者ほど、自分の仕事はただの仕事では無くて、信仰を行っていると思ったほうが良いと、この章で示唆をしています。 自分の仕事を信仰にまで高めることが、競技のアスリートにしても、会社の代表者にしても「長く継続するには」必要だと感じます。 中途半端では、継続は出来ません。>>

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